あったかい、瞳をしてる。
 包み込まれそうなそんな瞳をしてる。 
 ふざけて触れられた肩、あたしがどんなにドキドキしたか、知ってる?
 あたしの気持ち・・・・知ってる・・・?


 高校生の朝は忙しい。
 ギリギリまで眠っていたいくせに、人一倍顔や髪形を気にしてる。
 ノートや消しゴムは忘れても、ポーチとケイタイだけは忘れない。
 で、今日もあたしは、相変わらずダッシュで校門に駆け込むのだ。
 「ユーコ、セーフ、セーフ!」
 息を切らして教室に入ったあたしに、奈美が声をかけた。と、同時に、
先生が教室に入ってくる。やば。1時間目はこの小うるさいタチバナの
授業だったんだ。危ない、危ない。
 ふと、あいつがあたしの方を見てることに気づく。
 視界に入るあいつの顔は、ふじをついてニヤニヤ笑ってる。あたしは
わざと気づかない振りをして、自分の席に着いた。
 目が合ったら・・・気づかれてしまいそう。
 あたしの瞳は語ってるの。
 『好きだよ』って、いつもいつもあいつに語ってる。
 そして、あいつの瞳はあたしを包み込む。あたしは幸せな気持ちになる。
期待しちゃだめ。あいつは誰にだってそうなんだから。
 奈美にだって、遠山にだって、あたしの知らない女の子にだって。
 
 ただ、あのあったかな瞳はあたしにだけ向けられてるものだと思うのは・・
うぬぼれかな、やっぱ。
 期待しちゃだめだって思った端から、こんなこと考えてる。
 そんなあたしに、あいつはわざと紙くずを投げてきた。
 もうっ。こっちが今何考えてんのか、気づいてもないくせに。
 わざとふくれっつらをして、紙くずを投げ返す。
 ねえ。
 あたしのこと、気にしてくれてた?
 そう、思っててもいい・・・・?
 あいつの背中を見つめて、心の中でつぶやく。
 あー。もう。本当に、何て言うか、・・・・実感する。
 ・・・・・・大好き・・・・・。


 あいつに会えない日曜日は、長い。
 いたずらに挨拶程度のメールを送ってみたところで、今頃陸上部で部
活中のあいつから、返事が来るわけもないし。
 いつだったか、ヒマな日曜日、自転車で休日の校庭を眺めに行ったこと
あったっけ。
 『忘れ物した』なんて、ウソついて。
 あの時はちょうどあいつも帰るところで、『疲れてるから乗せろ』って無理
矢理後ろに乗っかって来て、2ケツして帰ったんだっけ。
 『何であたしがあんたを乗せてんのよう』なんて口では言いながら、この
状況が信じられなかった。漕ぐのが重いんだってフリして、わざとゆっくり
帰ったんだ。
 楽しかったな。すぐにでもあの時間に戻りたいよ。
 今だって・・・・本当はあいつのいる学校に行きたい。でもなあ・・・・。
 
 ♪♪♪♪♪♪♪♪ 
 ケータイが鳴る。遠山からだ。
 もんもんと考えてたせいで、声のトーンが少し低かったみたい。
 遠山、すぐにそれをキャッチ。
 「なになに。矢野と何かあったの」
 「何かあるようになりたいよー」
 「言えば?アンタから」
 「言えないよ〜。だって、せっかく今いいカンジじゃん?それがブチ壊し
 になりそうでさあ」
 「じゃあそうやってずっと悩んでなよ」
 「遠山の意地悪」
 最近のあたしの口からは矢野の話しか出て来ない。
 あいつの話をしていると、あいつがあたしの近くにいてくれるような気が
するの。あいつの存在が、また少しずつ大きくなっていくような。
 「矢野に会いたいよ・・・」
 「中毒だね。ヤノチュー(苦笑)」
 「どっかにそんなガッコあったりしてね」
 
 たった1日会えないだけで、こんなに想いがつのるなんて。
 気がついたら、あいつのことばっか、考えてる。
 決して背が高かったり、誰が見たっていいオトコってわけじゃない。
 部活やってる時の真剣な顔。休み時間にふざけてバカやってる顔。
時折見せる優しい笑顔。ちょっと真面目そうな顔・・・・・・・・。
 いつから、これほど想うようになったのだろう。
 ひとめぼれ、ってわけじゃない。だからこの想いは、真っ白い雪が降る
ようにしんしんと積もっていったのだろう、と思う。
 このまま気持ちばかりが積もっていけば、いつかパンクしちゃうかも知れな
い。
 そうなった時、あたしはどうなるのだろう。どうするのだろう。
 もうすぐ始まる春休みを前に、あたしは少し焦っているのかも知れないな、
とも思った。


 しんとした教室。机と机の間を先生が廻ってくるスキを見計らって、あたし
は窓の外ばかりを見ていた。
 矢野の姿なら、どこからでも探し出せる。
 だから、こんな・・・面白くもない補習でも、あたしは楽しんじゃうわけで。
 今日は、部活帰りの矢野を待ち伏せして、『補習の帰り〜♪』なんて言い
ながら一緒に帰ってやろう。
 好きな人に会いたい理由なんて作る必要ないかもしれないけど、やっぱり
あたしはストレートに表現できない。
 ストーカーに近い猛攻撃でカレシをゲットした遠山にこの気持ちが分かる
はずがないのだ。
 今はただ、矢野の近くにいたい。それだけ。
 『補習』なんて言ったら、あいつは大げさなほど笑い出すだろう。で、あた
しのことバカにしたら、こっちもワケわかんない言い訳して、また笑われるん
だ。で、春休みの話になったら・・・・・。
 誘っ・・・・・てくれないかなぁ。誘ってほしいなぁ。
 もし誘われたら、頭の中じゃドッカンドッカン花火が上がってたりくす玉が
割れて『おめでとう、ユーコ!』なんて垂れ幕が下がってるくせに、ぼうっと
して変にとぼけてみたりして。『はぁ?』なんて。でも、舞い上がっちゃって
何話していいのかわかんなくなっちゃったりして・・・・。
 我に返る。
 これはいつものあたしの空想。待っても待っても、現実にならない。
 泣き出したいほど願ってるのに、現実に、ならない。


 「しょーがねえなあ、お前。またかよ」
 「またって、2回目だよ」
 「オレ、補習って受けたことないから。何それってカンジ?」
 「・・・・・・・くやしー・・・・・・」
 ほら、ほら、ほら、ね。バカにして。大笑いよ。
 二人だけで歩く夜空には、満天の星。頭上に輝く冬のまんまるお月さま。
 シチュエイションはバッチリなのに、やっぱりここから進めないの。
 ・・・・・・くやしいから、春休みのこと話題にしちゃお。
 「陸競ってさあ、春休みも部活すんの?大変だね」
 「2年だしな。毎日毎日、部活だよん」
 「・・・・・・そうだね」
 「バイトくらいしたいよなあ」
 「そうだねえ・・・・」
 「バイトっていやあ、あいつ。ヤマグチがさあ」
 ・・・・・話が終わっちゃったじゃないっ。てことは、こいつにとっては春休み
はまるで眼中にないわけだ。
 そして、あたしのことも。
 あ〜あ。分かってたけど、期待してたんだろうなあ、あたし。密かに。
 顔で笑ってココロで泣いてる。山口くんの話、おかしい。
 おかしいけど、あたしは哀しい。
 せいいっぱいのアプローチだったの。まるで、通じてなくても。
 そして、地下鉄で帰るあたしと駅から原付で帰るあいつとは、この駅で
お別れ。
 にこやかに手を振るあたし。早々と原付のエンジンをかけたあいつに背
を向けて、いつもの階段を降りる。
 これで、今日も進歩なし、かぁぁ・・・・・。
 「瀬尾っ」
 ?
 あたしを呼ぶ声に振り向くと、矢野が一気に階段を駆け降りてくる。
 「春休み、どっか行かない?」
 ・・・・・・・・・・・・・・。
 「映画でもいいし、もしその・・・・ヒマなら」
 「・・・・・・矢野・・・・・と?」
 「うん。ダメ?」
 ちょっと・・・・待っ・・・・・。
 「でも、部活って・・・・・」
 「そんなのいいいい。休むから」
 「あ・・・・・・・うん」
 「じゃ、このことはまた明日な。メールしてもいいけど、オレ苦手なんだよ
 な。あ、でさ、オレ明日は部活ないから、また一緒に帰れない?」
 「あ・・・・・・・うん」
 「そんじゃ、また。明日」
 「うん。・・・・・・・バイバイ」
 そしてあいつは、さっさと階段を駆け上がって行ってしまった。
 残ったあたしは、呆然と立ち尽くす。
 さ。
 誘われちゃったんだ。あたし。
 あれだけ想ってたあいつから。
 おまけに、明日一緒に帰れない?・・・・・だって。
 夢じゃないよね。現実だよね。
 信じられない。
 信じられないけど、ホントなんだ。
 あたしは階段をゆっくり降りながら、冷たい両手で頬をきゅっと押さえて
みる。
 さっきのあいつの言葉、しぐさや視線の先まで、繰り返し繰り返し、思い
出す。
 少し照れたように、でも、真面目に。
 あのあったかい瞳で、あたしを見た・・・・・・・・・。
 ・・・・・・・・・うれしいよー・・・・・。
 じっとしていられない気分。駅のホーム中をスキップで走り回りたいくらい。
 あたしは、思わずにやけそうな口元を隠しつつ、ポケットからケータイを
取り出した。
 メール嫌いなあいつに、早速メールしてやろう。

  『矢野へ。今日はありがとう。映画楽しみにしてる。何にしようかな。セオ』

 送信。今頃、バイクで帰ってるあいつのポケットに届いてるはず。
 帰りの地下鉄に乗って、ドアに持たれる。
 あいつがいる街を眺めながら、帰ろう。

 次の日の朝。いつも通り駆け込んだ教室の中、一番にあいつを探す。
 目が合った途端、あいつが笑う。
 ・・・・・目だけで、会話ができるような気がする。
 瞳が笑う。語る。そして、思う。
 あたし達は、これから始まるんだね。
 今までずっと、あんたのことが好きだったけど、この瞬間ほど、好きだと思
ったこと、ない。

  小さく手を振ったあたしに、あいつはわざとふざけた顔をして、あたしを
見た。

  あたし達は・・・・・これから・・・・・・・・・。

                                        <fin> 

   

  

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