最近さあ、調子づいてない?

 

 

 

 <4>
  
  
  由紀の笑顔を見ると、つい言ってしまいそうになる。
   

  由紀の不機嫌な顔を見ると、意地悪な気分になる。
   

  抱きしめた後、そんな決心なんか吹っ飛んでしまいそうになる。
   

  由紀が文句を言い始めると、『絶対に言うもんか』と固く心に誓う。
   

  そんな風に一つの決意を行ったり来たりさせながら、1週間はあっという間に過ぎて行った。それでもオレは、由紀に一言も言わないで
  

  何とかここまで来た。

  荷物は、由紀に気づかれないように少しづつ車のトランクに入れてある。これで部屋を出てしまえば・・・・。
   

  何も知らない由紀の顔を見ると本当に心が痛んだが、オレはもう決めたんだ。
   

  このまま行けば、由紀はどんどんつけあがって、いつかオレの元からフッといなくなってしまうのかも知れない。
   

  今日子の言う通り、ここが正念場なんだ。
   

  こういう機会でもなければ、オレはこんなこと絶対に出来ないだろうから。
   

  それが、1週間迷って、考えて、悩んだ結果、ようやく出せた答えだった。

 

   

  新幹線の窓から眺める景色は、なぜか新鮮に見えた。
   

  隣では今日子がやけに女っぽく見える黒のスーツを着て、文庫本を熱心に読んでいる。
   

  オレは手に持った新聞に目を通す気にもなれず、ただ窓の外を見ていた。
   

  「まだ迷ってんでしょ」
   

  「何が」
   

  「別に」
   

  今日子が唇の端で微笑んで、バッグからタバコを取り出すのに態勢を変える。
   

  ふっと香る、今日子の香り。
   

  オレの腕に微かに当たる今日子のやわらかな腕の感触にも気づいて、こいつは女だったんだと、その時初めて・・・・思った。

  

   

  時は確実に過ぎていく。
   

  朝がきて、昼がきて、夜がくる。
   

  時計を見るたびに『今なら電話してもまだ間に合うぞ』という声が聞こえてくるようだ。
   

  そう。朝になればもう後戻りは出来ないのだから。
   

  何か一つのことだけを続ける作業というのは、一見集中しているようで、実はもっと他のところに意識が飛んで行ってることの方が多い。
   

  コンピューター相手なんてのもまさにそれで、プログラムのチェックをしながら、オレは由紀のことばかり考えていた。
   

  わがままな女だ。どんな状況でも、自分が思ったようにしか行動しない。
   

  独占欲が強くて、嫉妬深く、そして意地悪で気まぐれ。
   

  だけど・・・・・。
   

  オレが一度でも『おいしい』と言った料理は、飽きてしまうほど何度でも作ることだって、あの独占欲の強さも、言ってみればそれだけオレの
  

  ことを思ってくれてるってことを、痛いほど分かっていたはずだった・・・・・・。

 

   

  1日目のスケジュールは何事もなく終わった。留守電にしてあった携帯を確認したが、今のところ由紀からは何も電話は入っていない。

  失望と安堵感がごちゃまぜの中、オレと今日子は予定通り6時半に営業所を出た。 

  このままおとなしくホテルに帰る今日子じゃない。案の定『飲みに行こ』とオレの手を引っ張って歩く。
   

  何だろう。今日はやけに今日子が綺麗に見える。
   

  一瞬、由紀の顔がチラついて、罪の意識がまた蘇ってきた。

 

   

  久しぶりの今日子とのお酒は楽しかった。
   

  必要経費をいいことに、オレ達はたくさんの料理をテーブルに並べ、ワインで乾杯。
   

  今日子も、由紀のことについてはもう聞いてこない。こいつはこいつなりに気使ってくれてるのも嬉しかった。
   

  いい女だ。男にとっては申し分ないだろう。それなのになぜ・・・・。
   

  「ねえ、何で男と続かないんだよ」
   

  ふと、頭をかすめた疑問を口走る。
   

  「唐突ねえ。何、急に」
   

  「いや、今日子っていいオンナじゃん。気もきくし」
   

  「でしょ。それは自分自身、一番の疑問だわ」
   

  ずうずうしいな(笑)
   

  「ウソ。本当はよく分かってるの。あたしさ、相手の全てを取り込もうとしちゃうのよ。全てに関わりたくなるの。それでウンザリされちゃうのよね」
   

  分かるなあ、ソレ。
   

  「でも、亮平には感謝してる。あたしのそういうとこ、うまくかわしてくれるじゃん。あれ、フツーの男だったらケンカになっちゃうのよ」
   

  「オレ、今日子とケンカするほどのポリシーないしな」
   

  今日子、笑う。
   

  「ねえ、あたし達、付き合ってたらどうだろうね」
   

  え。今日子の突拍子のない発言に驚く。
   

  「何。そーゆーこと考えたことあんの」
   

  「今改めて考えてみたわ」
   

  「で?」
   

  「結構、いけるかもよ」
   

  そう言って、今日子はふざけてオレにもたれかかってくる。
   

  ・・・・・・・酔ってんのかよ。
   

  いつものオレならば、ここであっさりと今日子をなだめ、かわしているところだった。しかし、今夜のオレはそれをそのまま受け止めた。

  優しく、腰に手を回す。本当は、『調子に乗るな』と、肘鉄をくらうのも覚悟していた。ところが、今日子はそのまま動かない。
   

  いっ、いいのかな・・・・。
   

  オレは腕に少し力を込める。今夜、もしかしたら、このまま・・・・・。


   

  ・・・・・・・亮平・・・・・・。
   

  亮平・・・・・・。
   

  由紀の、声が、した。
   

  ・・・・・そばにいて・・・・・。亮平・・・・・。
   

  由紀の声が・・・・・・。
   

  ここにいて・・・・・。
   

  オレを呼ぶ。
   

  オレを、待ってる・・・・・・・!
   

  ガタン。
   

  「亮平っ?」
   

  オレは無意識のうちに席を立つ。時計は午前1時を回っていた。
   

  今までの甘い気分も吹っ飛んで、ポケットの電話を探しながら店を出る。
   

  由紀から、電話が入っていない。
   

  急にイヤな予感が頭をかけめぐる。
   

  あの由紀が、なんでオレに電話1本入れて来ない?こんな時間まで帰らないオレに。
   

  焦るあまり、由紀の携帯の番号さえ検索できない。
   

  指が震えている。
   

  ようやくナンバーを探し、かける。
   

  コールが続く。
   

  いつもより、長い。
   

  頼むから出てくれ。オレは祈る気持ちで電話を握り締めた。
   

  何度目かのコール。由紀の、・・・・・・声。
   

  「・・・・はい。もしもし」
   

  眠そうな電話の向こうの声に、オレは全身の力が抜けて、そのままアスファルトに座り込んだ。
   

  「亮平?」
   

  「由紀?オレ・・・・」
   

  「何やってんのよーっ、もーっ!」
   

  由紀はいきなり早口でオレに文句を言い始める。いつもより遅く仕事から帰ってそのまま今まで眠ってしまったこと、オレが未だ帰っていな
  

  いことにこの電話で気づいたということ。

  いつもはうんざりした気持ちで聞く言葉が、今夜のオレはそれを温かい気持ちでおとなしく聞いていた。
   

  ------これはオレを、想っていてくれてる声だ。

  待っていてくれた・・声だ・・・。
   

  「何とか言いなさいよ、亮平!」
   

  くす。
   

  「好きだよ、由紀」
   

  しばらく、沈黙。由紀の驚いた顔が目に浮かぶ。
   

  「愛してるよ」
   

  「ちょっ・・・と亮平ー?酔ってんでしょ、ねえ!」
   

  「・・・・酔ってます」
   

  「どっからかけてんの?早く帰って来てよ」
   

  「急な出張で、今京都なんだ。・・・電話できなくて、ごめん。三日後には帰るから」
   

  「ちょっと亮平!聞いてないわよ、それ!」
   

  「待ってて。愛してるから」
   

  プツッ。
   

  そこまで言って、オレは携帯をポケットにしまった。
   

  心地いい酔いが言わせた言葉だった。じゃなきゃ、あんなこと言えるわけがない。
   

  考えてみれば、今まで、オレあんな風にきっぱりと由紀に言えたことがあったっけ。
   

  答えはノーだ。
   

  なんだ、言えるじゃん、オレ。
   

  「ふ〜ん」
   

  一人ほくそえんでいると、いつの間にそばにいたのか、今日子がニヤニヤしながら立っていた。
   

  「結局、あんたは彼女にはただの一日もウソがつけなかったわけだ」
   

  ふん。
   

  「いや、今1時過ぎてるだろ?昨日1日はウソついたことになるぜ」
   

  「一緒じゃん」
   

  「一緒じゃないよ、丸一日は経ってる」
   

  二人、小学生のような会話を続けながら、オレはちょっと、満足していた。
   

  分かったような気がするんだ。
   

  こんな苦しい思いしてまでウソつくなら、まだウソつかれている方がいいよ。
   

  だまされてる方が、ずっと。
   

  ぶつけるより、受け止める方がいいよ。
   

  だから、オレと由紀がやっていける。そういうことさ。
   

  「今日子、もうちょっと飲んで帰ろう。せっかくだし」
   

  オレが上機嫌でそう言うと、今日子は軽く、オレの背中を押した。
   

  さっきみたく腰に手を回したら、今度は肘鉄をくらいそうな雰囲気、がオレたちの間に戻っていた。

 

   

  由紀の機嫌が今日もまた悪い。
   

  ここんとこずっと雨が続いているせいだ。
   

  『何にもしたくない』と言っては一日中何もせずに床の上を転げ回っている。
   

  雨が降っているのはオレのせいじゃないんだから、こっちに当たられても困るんだけど。
   

  せっかくの日曜日なんだし、雨でもオレはどこかへ出かけたかった。
   

  ずっと家にいるなんて、何だか部屋の空気と一緒に身体まで湿っぽくなりそうだ。
   

  「由紀、どっか行こう」
   

  「えーーーーっ。こんな雨なのにぃ〜」
   

  「雨だからだよ」
   

  「どこ行くってのよ・・・・」
   

  由紀は相変わらずパジャマで寝そべったままでオレを見上げてる。
  

  オレは由紀の細い腕をつかんで引っぱり起こす。
   

  「亮平ー・・・・」
   

  「家ん中いるからダメなんだよ。出たら気分変わるよ」
   

  「もー。亮平一人で行ってよぉー」
   

  オレは由紀の声を無視して、着ていたジャージからジーンズにはきかえ、由紀にも着替えを投げる。
   

  最初、由紀は知らん顔をしていたが、しばらくしてぶつぶつ言いながら立ち上がった。どうも、オレが投げた由紀の服のコーディネートが気
  

  に入らなかったらしい。
   

  当たり前か。その辺のを適当に渡しただけだしな。
   

  それよりも、オレは自分の行動に驚いていた。思えば、由紀をオレが思ったように動かせたのは初めてのことだったからだ。
   

  車のキーを持ったオレの後を、短いジーンズ、素足にサンダルの由紀がついて来る。
   

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
   

  そっか。
   

  これでいいんだ。
   

  これでよかったんだ。
   

  何も難しいことなんかないじゃないか。
   

  「・・・・・・最近、亮平、調子づいてない?」
   

  「そう・・・かも」
   

  「今までこんなことしなかったじゃない。あたしがイヤなの引っ張ってさ」
   

  「由紀は嫌い?こういうの」
   

  「嫌いじゃないよ」
   

  由紀の瞳が笑った。
   

  この笑った瞳がいつまで続くか分からない。
   

  いつ曇って、今日みたいに雨になるか、雷になるかも分からない。
   

  だけど、前みたいにもう逃げたりしない。
   

  その雨にさしかける傘を見つけられた気がするんだ。
   

  きっと、まだまだこいつの気まぐれに悩まされるんだろう。その度にオレは、ちゃんと由紀を受け止めていこう。そんな自信が前よりかちょっと
  

  だけ、できたんだ。
   

  由紀の言う通り、ちょっとばかり調子づいてるオレの横で、由紀の笑顔はまだ少しの間は続きそうに、見えた。

 

 

 

<3>へ                                 fin

 とにかく、ワガママな女の子が書いてみたかったんです。
それと、ちょっと小洒落たお話が書きたくて。
それがうまく出来たかどうかは別ですが(^_^;)
タイトルは、このお話の元になった曲からつけました。

 

 

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