いつも、この調子なんだ。
ワ ン ダ フ ル NO
<1>
ピッ。
-----逮捕されました。尚、この事件で------
ピッ。
-----おいしく飲もう!-------
ピッ。
「・・・・・・・・・・・・・由紀」
-----私も60年生きてきましたがねえ------
「由紀」
-----それでは、次のニュースです------
「何よ」
「その、さっきからリモコンいじってるの何とかならないか?さっきのニュースにしとこうよ」
オレ、一応明日までにやんなきゃいけない仕事やってんだけどな。
由紀は背中を向けたまま、まだリモコンをいじっている。
「さっきのって、ニュース?政治特集って書いてあったけど」
「そう、それ」
「どれ見たっておんなじじゃない」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「じじくさいわよ、亮平」
やっと振り向いた由紀が、ストレートのショート・ボブの髪を揺らしながら冷たく言い返す。
オレは、『それでもいいんだよっ』という言葉を飲み込んでパソコンの画面へと目を落とした。
オレの住むこのアパートに由紀が住みはじめたのは1ケ月前のことだった。
一人で入ったバーで、やはりたまたま一人で飲んでいた由紀の隣に座ったのがきっかけだった。
何となく話しはじめ、オレは由紀の持つ不思議な魅力に惹かれ、その夜のうちに同じ朝を迎えた。
それから3日後には、もう由紀は自分のアパートをあっさりと引き払ってここに住み始めたのだ。
これまで25年生きてきて、一人暮しをして3年が来ようとしているけど、さすがに女の子と暮らすのは初めてだったし、2つ年下とはい
え、こんなわがままな奴に出会ったのも初めてだった。
人の気持ちも全く考えたことのないような無遠慮さでオレの生活を好き勝手に掻き回す彼女に、戸惑いながらも実はそこに一番強く
惹かれていることに、オレ自身気づいていた。
そう。
オレは気が弱い。
強い態度に出られると、もうそれだけで相手に従ってしまう。女の子相手じゃ尚更だ。
男として、これじゃあまりにも情けないとは思うんだが・・・・。しょうがない。これがオレの性分なんだと最近は開き直ることにしている。
オレの唯一(と言っていい)の女友達でもあり同僚でもある津田今日子は、由紀とオレのことを快く思っていないようで、
オレが由紀の話を始めるといつも怒り出す。
『何であんたみたいな男がそんな子とつきあえるかなあ。いいように使われてんじゃないの?』
『あたし、そんな女大っ嫌い』
今日子は、由紀を一度見かけたことがあるだけなのにこれ以上ないほどの嫌いようだ。まあ、オレの話を一方的に聞けば仕方がない
ことだけど。
気まぐれな由紀と何事も白黒ハッキリさせなきゃ気が済まない今日子。どう考えても相手を理解しろと言う方が難しいことなのだ。
「ねえ、亮平。映画行こ」
「何、急に」
「観たかった映画土曜までなの。ね、行こ」
今度は雑誌をパラパラとめくりながらそう言う由紀に、オレは相変わらず画面から目を離さずに答える。
「ああ、いいよ」
オレの声が広くない部屋に響く。由紀がテレビの電源を切ってしまったからだ。
何も観たい番組がないのなら、オレが観たいと言ったニュース番組にしてくれりゃいいのに。
こういう女なんだ。こいつは。
「んじゃ、決まりね」
当然のように由紀はそう言うと、今まで眺めてた雑誌を放り投げ、フローリングの床にごろんと寝転がった。
黒い長袖のTシャツが、まるで黒猫みたいに見える。
「どうしたの?」
「・・・・・いや、猫みたいだなって思って」
オレはそう言って、由紀に覆いかぶさる。
「何、急に」
長いキス。
「仕事の途中でしょ」
「後にする」
長い・・・・キス。
不意に、由紀が起き上がる。
「・・・・・・・・・・・・・・由紀?」
「明日のパンがないわ」
は。
「買って来る」
ちょっ・・・・。
「そんなの、オレが後で行くよ」
オレがもう一度、由紀の肩を抱き寄せようとすると、由紀は素早くオレの腕をすり抜けた。
「じゃ、今行って来てよ。ダメならあたし行くからさ」
おいおい。お前、男っていうもの・・・・・。
「分かったよ。で、何」
「クロワッサン。なかったら食パン。行ってらっしゃい」
負けた。
あの瞳にはかなわない。
オレは由紀の軽いキスにも答えずに、部屋を出た。
これはささやかな抵抗なのだ。本当ならそのまま一気に押し倒してもいいくらいだけど、これですっかり気分が冷めてしまった。
ドアを閉めて、ふと気づく。
どうしてオレが買いに行ってるんだ?
確か、由紀はあの時『行ってくる』と言ったはずだ。なのに、実際に部屋を出てるのはオレ。微妙なやりとりでこうなってしまったのだ・・・。
自分のふがいなさに大きくため息をつき、歩き出す。ここでわざと全く別のパンを買って帰ってやりたいくらいだったが、
それもできないオレだった。
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