遠い遠い空の上。
    神様が星に糸を通して星座を作っていました。
    きらきら、きらきら。
    神様の手の上で星の放つ光が踊っています。
    その光に誘われて、3人の天使が物珍しそうに寄ってきました。
    「神様、何を作ってるんですか?」
    「神様、それは星ですね」
    「神様、僕たちにも手伝わせて下さい」
    3人の天使が口々に喋りかけるのを神様が笑いながら答えます。
    「はっはっは。順番に答えよう。わしは今星座を作っているんじゃよ」
    「星座?」
    「ああ。二人の目印になればと思ってな」
    「二人って?」
    天使たちはそれぞれ顔を見合わせます。そのうちの一人、天使αが
    ぱっと顔を上げました。

    「もしかしたら、伝説の二人ですか?下界に落とされたという・・」
    神様は手を止めずに頷きます。
    「そうじゃ」
    「それで、どうして星座を?」
    3人の不思議そうな顔を見比べながら、神様はゆっくりと口を開きまし
   た。
    「お前たちも知っておるじゃろうが、王族の娘と使用人の男が恋に落ち
   た。昔々の話じゃ」
    「もちろん知ってます。天界に伝わる昔話ですから」
    「でも、それと、星座が何の関係があるのです?」
    神様は深いため息をつきました。

    「天使β、叶わぬ恋をした結果、下界に落とされた男とそれを追った
   娘はその後どうなったのじゃろう、とわしは今でも案じておる。
     天界の者が下界で生きていけるはずがない。ましてや、別々に下界
   に下りて万が一巡り会えたとしても、下界に落ちた時点で記憶を失くし
   ているはずじゃ。何か手がかりでもなければお互いを見つけられんじゃ
   ろう」
    「それで、この星座を目印に?」
    「そうじゃ。天使C。この星座を見れば、必ず二人は出会える。もしす
   でに出会っていたら必ず全てを思い出せるはずじゃ。わしが力ある魔
   法使いに頼んで、長い時間をかけて一つ一つの星に特別な力を込め
   てもらったのじゃ」
    「この星に・・・・」

    その話を聞いて、天使たちはどんな小さなことでも神様のお手伝いを
   しようと心に決めました。
    天使たちが見つめる神様の掌の星はきらきらと不思議な光を放ち続
   けています。
    「王も王女ももうとうの昔に死んでしまったが、最後まで二人のことを後
   悔し続けておった。あれから何百年も経つが、未だにあの二人は天界
   に生まれ返っては来ん。まだ想いを遂げられずに下界をさまよってお
   るのじゃろうて」
    王様の言葉に、ここぞとばかりに天使たちは目を輝かせました。
    「本当に、空に飾ったこの星座を二人が見れば、今度こそ結ばれるの
   ですね?」
    「神様!僕たちにもぜひ手伝わせて下さい!」
    「ほっほっほ。天使たち、ありがとう。もうすぐ完成じゃ。後はこの特に
   強い力がこもったこの星を最後に1個つければ・・・」

    ぽろっ。

    その時、神様の手の中から最後の星がひとつ、零れ落ちてしまいまし
   た。
    星はあっという間に下界の空の下に消えていきます。
    「あっ」
    と同時に、天使αが素早く飛び降りました。
    「神様、僕が後を追いかけます。なあに、すぐに追いつきますよ!」
    「すまんが頼んだぞ、天使α・・・」
    神様と二人の天使たちは小さくなっていく天使αの姿を心配そうに
   見送っています。
  
  
  
    「くっそう。何で怒られんのはいつもオレばっかなんだよお」
    オレは7階のベランダから、一人ぬくぬくとTVを見ている弟の雄介をガ
   ラス越しに睨んだ。
    雄介がオレのプラモデルを勝手に持って遊んでいたのだ。それを見
   つけて取り返しついでに頭をぶん殴ったら大騒ぎだ。何でいつもオレ
   が悪いんだよ。
    あいつはまだ6才なんでああいうプラモもソフビの人形も一緒くたなん
   だ。平気で戦いごっこに使いやがる。
    オレはもうそんな遊びはやらない。プラモは作って飾るもんだ。雄介も
   かあちゃんもイマイチそこを分かってくれない。
    かあちゃんはオレに、圭介は小学4年生になるんだからこんなマンガ
   はいいでしょう、とオレに言った。
    マンガじゃなくってアニメなんだと言い返すとかあちゃんは真っ赤な顔
   をしてオレをベランダに放り出しやがった。
    冬だろうが真夏だろうがおかまいなしなんだ。かあちゃんは。
    ベランダに出せば少しは反省するだろうと思い込んでいる。
    誰がするかよ。バーカ。
    ふん。

    手すりに持たれて、夜空を見上げる。
    まあ、これも悪くないんだ。夏は結構気持ちいいし、冬は空が澄んで
   星がよく見える。
    オンボロマンションだけど最上階の7階に自分ちがあるってのもいいも
   んだとこんな時にいつも思うんだ。

    あ。
    あれっ。
    一瞬、星が落ちてくのが見えた。
    流れ星?
    そう言えば、いつだったか先生が流れ星に願い事を3回唱えたら願
   いが叶う、って言ってたっけ。

     ・・・って消えてるじゃんか!!
    さっきの、本当に一瞬だった。あんなの見て3回も願い事を言えっつう
   の?
    ムリじゃん。

     『天文学者になりたい』
    とワケわかんないことを四六時中言ってる星オタク、江原祥子のことが
   なぜか急に思い出された。
    あいつなら、すぐにでもその願い事を3回唱えてしまうんだろうか?
  
    江原は、さっきの流れ星を見ただろうか?
  
    何考えてんだ?オレ。
    オレは自分自身なぜ江原祥子のことを思い出した理由が分からず、星
   が消えた後の真っ暗な空間を見つめていた。
  
  
  
    うわ。間に合わない。あたしは最後の客を恨みながら帰り道を急ぐ。
    見逃せないドラマの録画をセットせずに家を出てきてしまっていたの
   だ。
    あたしの職場であるプラネタリウムの最終上映時刻は午後5時。
    それから簡単な片づけをして駅に向かってもいつもなら余裕で間に合
   うはずだった。
    しかし、今日に限って最後の客がなかなか帰らないのだ。どうやら、プ
   ラネタリウムで盛り上がったカップルが隣に併設された星の資料館のす
   みっこでラヴラヴモード全開。とても声をかけられる状態ではなかった。
    そこの資料館の閉館作業も職員であるあたしの仕事なのだ。たまった
   もんではない。さりげなく流す「蛍の光」も効果はなく、おかげでたっぷり
   30分は二人の様子を見て見ぬふりをするしかなかった。
    彼氏はおろか、好きな人さえいないあたしには酷ってもんだ。
  
    あたしは駅への近道である公園を横切ろうかどうしようかと迷った。
   まだ午後7時半とはいえ、灯りの少ない公園を通ることは気が進まな
   い。
    ああ、でも。
    やっぱりまともに走ってたんじゃ、どう考えても間に合わない。
    突っ切ればいいや。
    あたしは公園に滑り込んだ。
    なるべく歩道寄りの小道を走る。歩道には通行人がいるので何かあ
   れば助けを呼べるはずだ。
    しばらく走ると、前方に、こちらに向かって歩いてくる人影に気づいた。
    暗いからよく分かんないけど、大丈夫だよね?
    少しだけ身構えながらあたしは徐々にその人影に近づいていく。

    「あ、あれ!」
   その時、歩道を歩いていた数人のグループから不意に声が上がった。
   あーびっくりしたあ。そうでなくてもビビッているのだ。いきなり驚かさな
   いでほしい。
    何気なく声がした方を見ると、その中の一人の女の子が空を指差して
   いる。
    何?あたしは思わずその指が差す方向を見上げる。

    あ。
    夜空にその白い線のようなものを見たのと、いつの間にかこちらに近づ
   いていた人影が視界の隅に入ったのはほぼ同時だった。
    人影は、細身のスーツを着た若い男性だった。会社員か。同じ年くら
   いかな。
    少し、ホッとする。
    いい感じだな。全体のシルエットを見てそう思ったあたしは、その人の
   顔が見たくなって視線を移す。
    柔らかそうな緩やかなパーマがよく似合っている。優しい目だ。
    その時、目が、合った。彼もあたしを見ていたのだ。
    その瞬間、全てが止まった・・・・気がした。

           目を反らせない。―どうして?
   
                ココニ、イタノ。
   
            瞬間的に浮かぶ、言葉。
   
               目を奪われたまま、
   
            ―彼の前から、
   
              横。
   
            ―後ろへ。
   
     心は彼に残したまま、あたしの足はただ機械的に動いているように
    思えた・・・・。
   

     「流れ星よ!見た?」
     指差した女の子のはずんだ声が聞こえてくる。
     その声に、立ち止まるあたし。
     彼女が指を差してから流れ星だと言うまでの間、どれだけの時間が
    流れたの?
     そのわずかの間に、あたしは彼と見つめあい、すれ違った。
     その時間はまるで止まっているかのようだったのに。
    
     「江原?」
     後ろで、あたしの名前を呼ぶ声がした。
     こんなところで自分の名前が呼ばれたことを不思議に思いつつ、思
    わず振り返る。
     そこには、さっきの彼が信じられない、という面持ちで突っ立ってい
    た。
     その顔に、あたしは確かに見覚えがあった。えっと・・・。
     「圭介・・くん?山下・・・・圭介くん?」
     記憶を辿りながら呟いた名前に、彼は照れくさそうな、懐かしい笑顔
    で微笑んだ。
      ドキッと、した。
     小学校の時に、何度か同じクラスになった。あまり話をしたことはない
    けど、あたしの星の話を興味深そうに聞いてくれてたことだけは覚えて
    る。
     でも、それだけ?もっと他に、大事なこと、なかったっけ。
      『ココニ、イタノ』
     さっき、無意識に浮かんだ言葉。あれは。

     「また流れ星か・・・。さすが天文オタク」
     考え込むあたしをよそに、彼は空を見上げて意味不明な言葉を言っ
    た後、くすくす笑い出した。
     その笑顔がとても楽しそうだったので、あたしもつられて吹き出した。
     天文オタク。そうそう。星が大好きだったあたしはいつの間にかクラ
    スメートからそう呼ばれていたんだっけ。
     そんなあたしが今プラネタリウムで働いている、と知ったら、山下くん
    はやっぱり笑い出すだろうか?
     言って、みようかな。
    
     見逃してしまいそうなドラマのことは、もうどっちだってよくなっていた。
    
    
    
     「神様ー。ありましたー!」
     神様が星を下界に落とした数分後、天使αが満面の笑みを浮かべな
    がら天界へと戻って来ました。
     神様はホッとした顔で天使αの差し出す星を受け取ります。
     「すまんかったのお」
     「途中で時空を超えたみたいですよ。なに、僕にとっては大した距離
    じゃないですけど」
     「僕なら時空を超える前に受け止めてたかもね」
     「何だと?」
     「まあまあ」
     天使たちの言い争いに、神様はただにこにこと微笑みながら星座を
    作っていきます。
     「さあ、できたぞ」
     出来上がった星座はちょっと変てこな形。天使たちはまた我先にと
    争い始めます。
     「こらこら、また星が落ちたらどうする。お前たちで考えて、飾ってや
    ってくれ」
     「はい、神様!目立つところに飾ります!」
     「・・・まあ、すでに役目は終わっているようなもんじゃがなあ・・・」
     「え?」
     「いや、何でもない。じゃあ頼んだぞ」
     
     下界では楽しそうに話す二人。
     そして、夜空には新しい星座。
     
     そのことに、下界の二人はいつ気がつくのでしょうか。      

                                         FIN

 

  

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