『ずっと、片思いだと、思ってた』
    
    
    ユウキがそう言って、笑った。
    笑い返そうとして気がつくと天井が見える。
    夢、だったんだ・・・・。
    目を覚ますと、部屋から見える太陽は真上に近い。
    むん、とむせる部屋のカーテンと窓を一気に開けた。
    
    今日も暑そうだあ。
     
    梅雨に入ったものの、雨が降ったのは最初のうちだけ。
    後は梅雨だってことを忘れそうになるくらい晴れの日が続いている。
     
    すぐに、さっきの夢を思い出す。
    ついこの間のことがそのまま夢に出てくるなんて、よほどあたしは
    重病なんだろう。
    ユウキ病だ。
    お互いの気持ちが確認できたと言うのに、まだ信じられずにいる。
    ため息をついて、窓の外を見上げた。
    快晴。
    
     きっと今頃、あいつはこの暑い空の下、校庭で走っているんだろうな。
    陸上競技部は日曜日でもおかまいなしなんだから。
    
    音を消したまま枕元に置いていたケータイには、思ったとおりユウキか
   らの行ってきます・メール。
    着信時間は午前7時半。早っ。
   例え音を消してなくてもこのメールには気づかなかったかもしれないな。
    
    おはよー、ねぼすけ。これから部活行ってきます。気が向いたら見に
   おいで。ユウキより。
    
    すぐに返信。
    
    「おはよ、ユウキ。今起きた〜。じゃあ後でね♪maiko」
    
    まあ、ユウキがこのメールを読むのは部活が終わった頃だろうけどさ。
    返信しながら自分の頬が緩んでいるのに気がついた。
    
     高校に入って、すぐに友達になったユウキ。
    自分の恋心に気づくまで大して時間はいらなかった。
    苦しかった。
    あたしの気持ちを知ってほしかった。
    言おうか、言うまいか。
     気持ちを打ち明けてしまって、この友人関係が壊れてしまうのはい
    やだった。
     だけど、素知らぬ顔で友達のふりができなくなってきていたのだ。
     
     ユウキの部活が終わるのを待って、一緒に並んで歩く帰り道、意を
    決して打ち明けたのはあたし。
     長い、長い沈黙。突然の告白に、ユウキは絶句しているようだった。
     フラれる。
     そう確信して、走ってその場を逃げ出そうとしたあたしを、ユウキの
    つぶやきが引き止めた。
    
            「ずっと、片思いだと、思ってた」
    
     そして、あたしたちは始まった。
     だけど、何ていうのか・・・二人とも初めてのお付き合い、ってヤツで気
    持ちが通じ合ったからといってどうしていいのかわかんない。
     とりあえず、帰りくらいは一緒に帰るもんだろうかと思い、ユウキの部活
    が終わるまで待って、一緒に帰る。
     そんな風につきあってきた1週間。そして今日が、初めての日曜日な
    のだ。
     
     普通ならここでデートするんだろうけど、部活ひとすじのユウキに
    それも望めず(しかも本人はそういうことに気づいているのかいないのか
    も分かんない)あたしはこうやって窓を見上げていたりするのだ。
     
     差し入れでもしてやるか。
     時計を見るとすでに昼前。
     学校までは自転車で30分足らずの距離だ。行くんなら今しかない、
    か。
     今までのグータラ気分はどこへやら。
      素早く服を着替え、誰もいないキッチンで牛乳をぐい、と飲み干して
     から背中を押されるように家を出た。
      急がないと、お昼の休憩時間が終わっちゃうよ。
      
     笑い出したくなる頬を押さえて、暑い日差しの中、自転車を走らせる。
     白いTシャツに買ったばかりのプリーツのミニスカート。
     ユウキは可愛いって思ってくれるかなあ。
      
     自転車を少し走らせただけで汗が胸元をつたう。
      そうそ。差し入れ差し入れ。学校の近くのコンビニに入ると、ふとア
     イスクリームが目についた。
      
      買って行こうかな。
      日曜日の練習に出てるのはユウキを入れて5人くらいだっけ。
      よし。
      これにしちゃおっと。
      ユウキの大好きなバニラのアイスクリーム。
      とろけそうな笑顔が浮かんだ。
       
      オデコ全開、スカートのすそも多少気にしつつ、スピードを上げる。
      校門をくぐり、校庭まで自転車を一直線に走らせる。
      早く、早く。
      アイスクリーム溶けちゃうよ。
       
      あ。いた。
      ユウキの姿なら、どんなに遠くても探し出せる。
      ベンチに座った3人のうちの真ん中。
      楽しそうになにか話してるみたい。
      茶色がかった短い髪。
      ふとあたしを見て・・・・・大きく手を振る。
       
      「ユーキ!」
      「やっときたか、ねぼすけ。何時に起きたの」
      ムカッ。急いできたのにその言い方はないでしょっ。
      あたしは自転車をベンチの横に止める。
      「うるさいよユウキ。せっかくアイスクリーム買ってきたのに、やん
     ないよ」
      「さすがあ、谷さん♪ホラ、ユウキ、座ってもらいなよ」
      突然の差し入れの成果もあり、部の先輩たちからは思いもよらな
     い大歓迎。
      イヤミんぼユウキを無視して、部長のカワダさんにそのまま袋を渡
     し、勧められるままベンチに座る。
      
      ふー。疲れたあ。
      どっと汗が吹き出す。
      「サンキュ。谷さん。気がきくねえ」
     部長のカワダさんが暑さでユデダコのように真っ赤になった頬を緩
    ませて袋の中をのぞきこむ。
     「あ、部長、そのバニラっ」
     ユウキ、あわててカワダさんが部室に持っていこうとした大好物のバ
    ニラを奪回。
     ふん、だ。
     あたしの差し入れは大好評だったようで、あっと言う間に袋はからっ
    ぽになる。
     みんなはあたしに遠慮したのか、ベンチに戻って来たのはユウキだ
    けだった。
     2つのバニラアイスを抱えて。
    
     「あたしの分もあった?」
     ユウキからアイスクリームを受け取り、早速フタを開ける。
     あー、やっぱ、溶けかかってる。
     「あるある。みんなめっちゃ喜んでるよ。ちょうどこういうの欲しかっ
    たし。ありがと」
     「最初から素直にそういえばいいのに」
     ユウキ、笑う。
     思ったとおりとろけそうな笑顔。
     ついでにアイスクリームも、だけど。
      
     「まだ休憩時間、大丈夫だよね」
     「コレがあるからね。食べたら練習だってさ」
     よかった。やっぱ、持ってきてみてよかった。
     ちょっとでも長くこうしていられたから。
     しばし、2人無言で食べる。
     おいしい。・・・けど。
      
     「えーん。バニラシェイクになってきたあ」
     「今日は暑いからね。仕方ないよ」
     溶けかけたアイスクリームは、終わっちゃうのも早い。
     これがガチガチに凍ったアイスクリームで、もっと暑くない日だっ
    たら、もっとゆっくり二人で過ごせたのに・・・・。
     
     うらめしそうにながめる空には、相変わらず眩しすぎる太陽。
     そんなあたしの気も知らず、ひたすらアイスクリームを
     食べるユウキ。
     ユウキの手の中のアイスクリームはまるで手ごたえがなくなってる。
     流し込んだ方が早そうだよね。
     これ、食べ終わったら行っちゃうんでしょ?
     ねえ。
      
     あたしだけ、なのかな。
     
     こんな短い時間でも大事に過ごしたいって思ってるのは。
     
     あたしの視線に気づき、ユウキは不思議そうな顔。
     「どうしたの。溶けちゃうよ」
     「あ、うん。いいの。あたしはゆっくり食べるから」
     「来るのが遅いんだよ。もっと早く来ればいいのに」
     「・・・・だって」
     寝てたんだもん。
     「だからねぼすけって言ってんだよ。ヴァカ」
     ふんっ。
     
     ユウキ、アイスクリーム終了。
     空っぽのカップをぽん、とゴミ箱に投げ入れて立ち上がる。
     あたしの手の中のアイスクリームももうシェイクを通り越してしまった。
     だけど、何だか食べる気がしない。
     これ、食べたらさ、あたしの居場所がなくなっちゃう気がするんだ。
     アイスクリームを差し入れてみんなに喜んでもらえたあたしが、ここ
    に堂々と座っていられる理由がなくなっちゃう気が。
     
     あなたを好きになった時、いろんなことが怖かった。
     せっかくの友人関係が壊れる怖さ。
     気持ちが伝わってその不安はなくなったけど、片思いだった頃より
    もいろんなことがどんどん不安に思えてくる。
     例えば、誰にも認められない・・・・怖さ。
     幸せだけど、それだけじゃない。
     いつだって怖いのよ。
     
     だって、あなたは。
     
     「ユウキー!結城亮子お!始めるよー!」
     部長のカワダさんがあなたを呼ぶ。
     あなたは「へいへい」と小さく呟いて、立ち上がったままあたしを見る。
     「ごめん、じゃ行くわ」
     「・・・うん。分かった」
     仕方ない。あたしは何事もなかったように笑い返す。
     これ食べて、帰ろうっと。
     「ねえ」
     走り出しかけたユウキが急に振り向く。何か、言いたそう。
     「待ってて、って言いたいとこだけど、ムリだよね。暑いし」
     えっ。
     
     ここに、いていいの?
     アナタノイルトコロニ、イテイイノ?
      
     「あっ。・・・いいよ。大丈夫」
     あたし、慌ててうなずく。
     「ホント?だったら早めに終わるよ。午後は自主練だし」
     「ん。待ってる」
     
     もう1度うなずいたあたしを満足そうに見て、ユウキは駆け出して行く。
     冷やかされてる、ワケないか。ただの友達にしか思わないよね。みん
    な。
     最後に振り向いた時のユウキの照れくさそうな顔を思い出す。
     まさか、あんな顔をしてくれるなんて思ってもみなかった。
      
     あたしはひざの上に置いたままのすっかり溶けてしまったアイスクリ
    ームのカップを見下ろす。
    
     なんか、気が抜けちゃった。
     結局、なんだかんだ言ってもあたしはまだ片思いのままなんだ。
     溶けないで、と願ったアイスクリーム。
     こんな風に思わなくなる日がくるんだろうか。
     溶けていくアイスクリームを当たり前のことだと思える日が。
     
     恋に不器用なあたしたち。
     それはまだ手探りで、どう踏み出していいのかさえ分からない。
     
     ただ、今はユウキのそばにいたいだけ。
     祈るような気持ちで願うあたしに、
     
      『それでいいんじゃない?』
     
     
    そう、ユウキが笑った気が、した。                  FIN

 

  

inserted by FC2 system