気がつくと、オレ達はいつもの砂浜に座っていた。

  隣では朝美が、手持ちぶさたに砂を手で掴んでは、また下に落とす。そんな動作をずっと続けていた。

 

 

  あ の 夏 の

      さ よ う な ら


  

  

  少し陽に灼けて茶色くなった肩までの髪で横顔が隠れて、どんな表情をしているのかが分からない。
   

  何を最初に言えばいいのかも分からず、手に持った缶コーラを取り出して、一口飲んだ。
   

  「おめでとう」とでも言えばいいのか?
   

   それとも・・・・・。
   

  「ずいぶんたくましくなっちゃったね」
   

  朝美が砂で遊んでいた手を止めて、くすくす笑いながらオレに言う。
  

   「ああ・・・。バイトきつかったしな」
   

   「明日から学校でしょ?いい感じに灼けてるし、モテたりして。どうする?」
 

   1ケ月前。

   夏休みのバイトに選んだ「海の家」で、オレ達は出会った。
   

   同じ18才なのに、高校に通っていないせいなのか、やけに大人びた朝美にオレは段々と惹かれていった。
  

   朝美が2ケ月後に結婚するってこと、分かってて―。
   

  「もう、この海も人が少なくなっちゃうんだろうね・・・」
   

 

   朝美は拒まなかった。
   

   いや、むしろ、朝美の方から飛びこんできた・・・オレにはそう思えてならなかった。
   

   それでもオレ達は、互いに気持ちを口にはしなかった。言葉にしてしまえば、全てが壊れるのを恐れていたのだろう。
   

   目と目で、手と手で、身体と身体で分かり合った。
   

   オレ達は・・・・静かな恋をした。

 
   

  『お前も大変だなあ。もうすぐ結婚するってのにこんなバイト借り出されてさあ』
   

   むせかえるような暑さ。水着の群れ。
  

   『仕方ないじゃん、世話になったオバちゃんの頼みだもん』
   

   彼女いわく、昔ちょっと悪かった時に海で遊んでて、その時に親身になってくれたのが

   この「海の家」のオバちゃんだったそうだ。

   人手が足りず、結婚を控えてるというのにここのバイトを引き受けたという。
  

   『不良は仁義を守らないとなあ』
   

   『バカ』
   

   汗まみれの明るい笑顔。肩までの髪が揺れる。
   

   『彼氏は?いいの?』
   

   『よくない。ホントはね。でもあたし、ガンコだから』
   

   くす。幸せそうなカオしてらあ。
   

   『オレがそいつなら、絶対そんなことさせないな。家から出さないぞ、そんなこと言い出したら』
   

   朝美、笑い出す。
   

   『へえ。強引なんだ。でも、どうして?』
  

   『決まってんだろ。オレみたいないい男がいるからな』

 

   ――――8月の、アツイアツイ、波しぶき――――。

   

   朝美が白いTシャツのまま、海へ駆け出して行くのが見えた。
   

   太陽に反射して、右手に小さく光るものがある。
   

   目を疑った。海水に触れるのを気にして、海に出る時はいつも外していた婚約指輪だ。なぜ・・・・・。
   

   『朝美ーっ。おいっ』
  

   忘れてるんだと思っていた。振り向く、朝美。

   『いいのーっ』
   

   え。
   

   『いいの!』
   

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
   

   オレは次にかける言葉も失って、立ち尽くしていた。

   今にも泣き出しそうな顔で振り向いた朝美を、オレは追いかけることもできなかった。

 
   

   夕陽が沈んでいく。
   

   少し秋の気配を感じさせる風が、オレと朝美の間をすりぬける。
   

   明日からは、もう会うこともない。
   

   お互いに、それぞれの生活に帰っていくのだから。
   

   沈黙を埋めたくて空になったコーラの缶を砂に埋める。
   

   隣の朝美を見ると、彼女は膝を抱えてオレの方を見ていた。
   

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・。

   今のオレに、一体何が言えるんだろう。
   

   こんな瞳をして、オレを見る朝美に。
    

   謝りたくなんかない。オレのせいでこいつがどんなに傷ついていても。
   

   一言でも謝れば、全てがウソになってしまうだろ。
   

   オレの気持ち、朝美の気持ち。全てが。
   

   「楽しかった」
   

   「それだけ?」
   

   「忘れない」
   

   「・・・・・それだけ?」
   

   「・・・・・・・・・・・・・・・・」
   

   「ねえ、それだけ・・・・・?」
   

   朝美が涙ぐんだ瞳で空を見上げる。
   

   「あたし、ウソでもいいから好きだって言ってもらいたかったな」
   

   「・・・・・ウソじゃ嫌だろ」
  

    「いいよ」
   

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・。
   

   「じゃ、言わない」
   

   「ケチ」
   

   そう言った朝美の顔は、泣き笑いを浮かべていた。
   

   最初で最後の告白。
   

   肩に手をかけて、キス、したかった。だけど・・・・・。触れかけた手は手持ちぶさたに何もない空間を握り締めただけだった。
   

   「帰るか」
   

   「・・・・・・・・ん」
   

   オレ達は立ち上がり、海沿いの道路を少し歩いた。
  

   朝美をバス停まで送って、オレはそこに置いたままの原付で家に帰る。それがいつものオレ達のデートコースでもあった。
   

   歩き慣れた道を、いつもよりゆっくりと歩く。最後だと思うと、少しでもいいからこいつと一緒にいたかった。
   

   優しい瞳にも、閉じた唇にも、少し日焼けした肌にも想いがつのる。
    

   もう、これ以上傷つけるのは嫌だった。
   

   例え、朝美がそれを望んだとしても。

 
   

   バス停に着いても、オレ達は黙りこんだままだった。
   

   これ以上、自分の気持ちを相手に伝えられないということをお互いに分かっていたからだ。
   

   小さく、バスが見えてくる。
   

   朝美が顔を上げる。
   

   オレは息を呑んで、朝美を見つめる。
   

   朝美の眉がゆがむ。唇がかすかに震える。
   

   オレは見つめることしか出来ない。
   

   バスが近づく。
   

   朝美の手を取ろうとして、心がストップをかける。
   

   この手を取ってしまえば、どんなにか・・・・・・・・。
   

   プシューッ。
   

   バスが止まり、ドアが開く。
   

   その途端、朝美の瞳から、涙がこぼれ落ちる。
   

   オレは閉まりかけたドアまで追いかけて、
   

   「幸せにな」
   

   と一言、ふりしぼるようにそう言った。
   

   彼女を乗せたバスが段々と小さく、小さくなっていく。呆然と立ち尽くしたままのオレは、低い声で「さよなら」とつぶやいた。
   

   バスはもう、見えなくなっていた。

 
   

   ―――何事もなかったように毎日が過ぎて行き、真っ黒に日焼けしたオレの肌も少しずつ元に戻ってきた。
   

   大声で笑ったり、怒ったり、騒いだり。
  

   オレの高校生活は相変わらずだった。
   

   いろんな人に会い、いろんな女の子にも会い、たまに気を惹かれるような子もいるけど、まだあの熱い、夏のような恋には会えない。
   

   まだあの夏の記憶は、オレの胸の中で静かにくすぶり続けている。
   

   そして、行き場のない想いを抱えながら、オレは毎日を過ごして行くのだろう。
   

   これからも、ずっと、きっと。
 

   

 

   あの恋に。
   

 

   ―――あの恋に、オレはもう二度と、・・・・・・会えない。

                                      

 

                                              FIN

                  

このお話は、タイトルから先に出来まして、そこから話を膨らませた感じです。

ちょっと大人っぽい2人を書きたかったんですね。高校生のクセに(笑)

 

 

 

 

 

 

 

inserted by FC2 system